森田空美さんインタビュー:「きものを賢く&美しく着る技術」
写真/多田 悟
近年、きものの世界観に興味を抱く人が増えています。とはいえ、全盛のファストファッション・アイテムなどと比べると、きものは高価な上に着る機会も限られるなど、本格的に始めようとすると、なかなかハードルが高いのも事実。
そこで今回は、きものと賢く付き合い、美しく着こなすテクニックを、きもの研究家の森田空美さんにうかがいました。
きものをTPOに応じて着こなすために必要な「基本の知識」
──きものの世界観に“ハマる”若い女性がとても増えています。その理由を森田さんはどのようにお考えでしょうか?
「たぶん若い方は、コスプレ感覚で楽しまれている部分もあるのかもしれませんね。女性は誰しも変身願望を抱いているものですが、きものはそうした思いを満たしてくれる存在なのでしょう。着て出掛ければ注目を浴びますし、SNSなどでも『いいわね、素敵ね』と褒められることもあるでしょう。きものは人々のアイデンティティを満たしてくれるのと同時に、生活スタイルまでも豊かにしてくれる存在なのです。興味がある人は、まずは気軽におしゃれ着から始めてみてはいかがでしょうか」(森田さん)
──きものを着た経験が浅い方たちが、これから着こなしていくために、心掛けたいことはどんなことでしょうか?
「きものというのは素材や模様づけ、紋の数によって“格”が変わるもの。それによって、着ていける場所やシーンなどが変わってきます。いまの時代、着物に馴染みがないために、きものさえ着ればどこへでも行けると思われる方もいるのですが、それは大きな間違い。例えば結婚式では、紬を着て出席したり、新郎新婦の親族が大島紬で参列したり、夏の式だからといって浴衣で出席したり、といったことはNGです。そのため、まずはきものの種類や、季節のことなども把握した上で、それを着て行ける場所やシチュエーションというのを知っておきたいですね」(森田さん)
明確な決まりごとがある第一礼装では「おしゃれ」は厳禁。
──結婚式やお葬式などの冠婚葬祭や、各種式典といった場面にふさわしい、格の高いきものとはどんなものですか?
「“第一礼装”と呼ばれるきものですね。第一礼装には明確な決まり事があり、忠実に装う必要があります。つまり、着る人のおしゃれ心は入れてはいけないものなのです。第一礼装は、おしゃれ着ではなく、あくまで着る人の相手に対する気持ちのあらわれなのです」(森田さん)
──第一礼装には、どんな種類があるのでしょうか?
「未婚女性の場合でしたら、振袖もしくは色留袖を、既婚女性の場合は、五つ紋の入った黒留袖や色留袖を選びます。五つ紋の黒留袖には“比翼”というものが付いています。かつて第一礼装は、2枚、3枚と重ね着をしていました。今ではそれを省略して、見えるところだけ重ね着しているように見えるよう、留袖には比翼が付いています。そうした仕立てのきものが、最も格の高い着物です。例えば叙勲など、宮中でのあらたまった会などでは、そうした五つ紋付きの色留袖を着るのが本来のルールとなっています。このあたりのドレスコードのご案内は、最近変わってきてはいるものの、やはり本来は、最も格式高い第一礼装で臨むのがマナーですね」(森田さん)
──そうした第一礼装には、どのような帯を合わせるものなのでしょうか?
「第一礼装は最も格の高いきものですから、当然、帯もそれに見合ったものを合わせます。例えば、吉祥文様や正倉院文様、有職文様など、金糸や銀糸を中心に織られた錦織や、唐織、佐賀錦などの袋帯を合わせます」(森田さん)
準礼装や略礼装は、自分の「立場」を考えて差し色を調整する
──とはいえ第一礼装は、着ることができるシーンやシチュエーションが限られます。例えばパーティーなどでも着れるような、ややライトな礼装はどんなものがあるのでしょうか?
「第一礼装に準じるのは、準礼装や略礼装といった装いがありますね。黒留袖には五つ紋という決まり事がありますが、色留袖に関しては、一つ紋だったり三つ紋だったりと、紋の数を変えることができます。比翼を付けないで訪問着のようにしてパーティなどでも着られますし、白の伊達襟を使うことで比翼付きに見えるため、第一礼装に近い装いにもできるのです」(森田さん)
──第一礼装よりよりもややカジュアルな礼装では、色の入ったものを着ることができるということですね。
「そうです。ただ、こうした差し色は、TPOに応じて使い分けましょう。五つ紋の入った黒留袖以外の、準礼装や略礼装では、ハレの席に“どのような立場”で出席するのかを考えたセレクトが肝心です。例えば、結婚式に出席する場合、一つ紋の色留袖に白い伊達襟を付けるか、それとも、真っ白に近づけるかといったアレンジは、着る人の立場によって変わります。もし、主賓として招待され、あいさつなどを行われる場合は、伊達襟を付けて格を上げた方がいいですし、格式張らない披露宴や二次会などでは、差し色を少しプラスして、華やかに着こなすのもいいでしょう。そうした線引きは、きものを着る本人のおしゃれではなく、あくまで相手を中心にして考えるもの。訪問する場所や季節感を考えた装いはもちろん大事ですが、招待されたご自分が、その日“どのような立場”であるか、ということが、とても重要なのです」(森田さん)
──細部の色の選択が、人間関係にまで影響するとは深いですね…。ちなみに森田さんはこうしたTPOに合わせた着こなしをするのに、悩まれることはあるんでしょうか?
「招待された席にどんなきものを着ていくのか、私も結構悩むことがあります。パーティであっても、立食なのか着席なのかによって格が変わりますからね。なので迷った時は、会場のホテルに電話して、会場の状態を確認するようにしていますよ。また、きもの教室で毎年、新年会を開催するのですが、参加される皆さんには事前に、会場のじゅうたんや壁の色をお伝えしています。そうした周辺の環境に映える色のきものを選ぶのも、知的なきものの装いには重要なのです」(森田さん)
差し色選びは、季節感が重要なキーワード
──こうした、きものの色や小物の差し色を選ぶことにおいては、季節感も重要でしょうか?
「もちろん、とても重要なことですね。例えば今日は、近頃少し汗ばむ陽気になってきたこともあって、涼やかさを感じさせるブルーの差し色を入れ、涼感のある装いにしてみました。ただし、あえて色数は増やさず、帯締めは潔く白のものを合わせています。これが秋めいた季節になると、秋を感じさせる色を差したくなるのですが、今の季節に秋色を差すと、かえって暑苦しくなってしまいます。この辺りは、四季のある日本ならではの感じ方、見せ方ですよね。着物を着ると、そういったことにもすごく敏感になるんですよ」(森田さん)
きもので海外旅行をするための技術
──少し話題を変えて、普段着のきものについてお聞かせください。森田さんは外出する際はいつも、きものを着て出掛けていらっしゃるそうですが、クルマの運転も、きもの姿でこなされるのですか?
「いまではすっかり慣れてしまいましたので、なんの違和感もなく運転できますよ。個人的には、帯が腰を支えてくれるので、洋服を着ての運転よりラクに感じるほどです。足元はペダル類を踏みやすい履き物を選び、シートをしっかり合わせさえすれば、特に不便は感じませんよ」(森田さん)
──森田さんは海外でもきものを持参し、現地の街を和装で歩かれることも多いとききました。
「私は皆さんに、海外でのきものデビューをおすすめしているんです。きものほど、日本人女性の存在感を強めるものはありませんからね。オペラがお好きな方がきものを着て鑑賞されたり、パーティーへきものを着てお出掛けされたり、レストランにドレスアップして出掛けたりされると、とても注目を集められると思いますよ」
──海外でのドレスアップに、きものを装うというのは、とても素敵なことですが、注意したいポイントはありますか?
「日本で身に着ける場合と同じく、どういうシチュエーションで着るのか、ということをあらかじめ考えておきたいですね。なかには、例えば振袖のような、日本では気恥ずかしくて着られないような派手なきものを持参される方も結構いらっしゃるのですが、それだと現地の方に『日本人はいつもそんな派手なものを着ているの!?』という目で見られがち。やはり海外であっても、日本人の美意識をきものでしっかりと表現していただきたいですね」(森田さん)
──森田さんが海外できものを身に着けられる際は、どのようなきものを選んでいますか?
「シックな織りのきものに、染めや織り、刺繍の帯などをコーディネイトして、私は海外でも、普段着の延長線上の気持ちできものを着ています。特にヨーロッパは、モノづくりが盛んな地域。ですから現地の方も、良いきものには興味を抱かれるようで、パリできものを着てレストランへ行ったとき、受付の女性の方が3回くらい私の周りを回って、きもの姿をご覧になっていましたよ(笑)」(森田さん)
──そのほかに、海外できものを着る場合に、注意したいポイントはどのようなところでしょうか?
「まず、観光時には、きものを着ることはおすすめしません。きものを着ている女性は富裕層と思われるのか、スリなどにねらわれる機会が多いためです。また、特に近年は各国の気候が変動していて、現地の気温がどのくらいなのか、ということが読みにくくなっています。なので、事前に現地の気候情報を集め、それにマッチしたきものを準備するようにしたいですね。もちろん、きものでドレスアップしてレストランなどへ出掛けると、優先して、いいお席へ通してくださることがありますし、お店の方にはとても気を遣っていただけます。きものの女性が来店するレストランは、格式高い店だと逆に喜んでいただけるのです。そして、そういうシーンで褒められたきものには、自然と愛着が深まるものなんです」(森田さん)
──スーツケースなどに入れてきものを携行する際は、どのような点に注意すればいいのでしょうか?
「きものってありがたいことに、きちんと畳めるものなんです。洋服みたいに、畳んだらシワになる心配がありませんから、携行は思いのほかラクなんです。あえて注意するとすれば、スーツケース内でできるだけ動かないよう、きちんと畳んであげることですかね。なかには、旅行に携行して汚れるのがいやだと、汚れてもいいような、あまり気に入っていないものや、洗えるきものを携行する方もいます。でも、それってとても、もったいないことだと思うんです。せっかく大事な思い出になるのですから、適当なものではなく、とっておきのお気に入りを持って行かれることをおすすめします」(森田さん)
普段着でも旅でも使える、森田流「小物の合わせ方」
──とはいえ、複数のきものを携行するのは、やはりかさばりますし、重量もかさみます。なにかいい方法はあるのでしょうか。
「きものを複数持参するのではなく、帯を変えたり、小物を使い分けたりして、上手にコーディネートできるよう工夫しておくと、荷物も増えず、着こなしも楽しめますよ」(森田さん)
──なるほど! 小物合わせのコツについて、ぜひ教えてください。
「礼装は決まり事が多く、そこから外れることはできませんが、日常のおしゃれとして楽しむきものは、コーディネイトを楽しめます。その際、まず重視したいのが、“小物で季節感を出す”、ということ。その上で、モダンさを出すには“引き算の装い”が大切なので、色数を増やさないようにしましょう」(森田さん)
──この色づかい、慣れないうちはどうしても勘違いしてしまいがちですよね。
「例えば、帯揚げと帯締めでは、色を変えるようにしましょう。『双方の色を合わせなければいけない』と思われている方って、結構多いんですよね。これが特に淡い色のものなら、それぞれの色の違いが目立たないので問題ありません」(森田さん)
──その発想は帯まわりに限らず、バッグなどの小物でも同様なんでしょうか?
「そのとおりです。バッグなど小物の素材は、きものの素材とマッチするものを選ぶようにしたいですね。また、サイズ感も重要です。きものには、大きいバッグが似合いません。きものを着た際の身体のバランスに合わせた大きさのものを選ぶことが肝心です。もちろん、きものの上質感と釣り合いがとれる、ハイブランドのものを合わせましょう。またバッグには流行色をアクセントとして採り入れ、コーディネート全体のスパイスにする、という発想も楽しいですよ」(森田さん)
──きものと賢く付き合うための心構えを教えてください。
「仮にひと目ぼれしたきものを手に入れても、皆さんそれぞれのライフスタイルにマッチしたものでなければ、それを着て出掛ける場所や機会がない、なんてケースも考えられます。なのでまずは、きものを着てどこへ出掛けたいのか、目的を明確にしてからそろえていくのが肝心です。そうすると、仮に高価なきものであっても着る機会が増えるので、安いきものに妥協し、後悔することがなくなります。また、私からおすすめしたいのは、ハレの席だけでなく、普段着としてきものを楽しむこと。普段から着慣れておけば、礼装でも気負わずに着こなせるようになります。普段着としてならTPOや立場などをさほど気にする必要がありませんし、誰かに迷惑をかけることもありません。普段着として着慣れておくと、旅でも、礼装でも、きものを着たくなるはずです」(森田さん)
──ありがとうございます。最後に、長年きものに携わってこられた森田さんご自身がいま感じている、きものの魅力ついて教えていただけますか?
「私にとってきものを着るということは、生き方であり、大切な自己表現のひとつです。日本女性が輝ける究極の装いだと思っています。今の時代に合ったシンプルでモダンな装いを、そして美しく上質な本物をさりげなくまとうことで、存在感というものが増していくんですね。そういった意味でも、きものにおける“無地感覚の装い”は、時代の空気を感じ取った装いであり、私たちのおしゃれの幅を広げ、ライフスタイルをより楽しいものにしてくれると思います。」(森田さん)
【プロフィール】
森田空美(もりた・あけみ)
きもの研究家。東京・南青山にて、きもの教室を主宰。「森田空美きもの教室 日本の装美学院」代表。『和樂』(小学館)での連載を始め、さまざまな雑誌、テレビで着付け、コーディネート、指導、監修などを行うほか、全国各地で講演会を開催。オリジナルブランド「いとほしby森田空美」のプロデュースなど、きものに関して幅広い活動を行っている。
★著書紹介 「森田空美のはじめてきものきほん事典」 (世界文化社 刊)
柄、素材、仕立て、着付けなど、着物にはさまざまな決まり事がありますが、最低限の“恥をかかない”知識から、ワンランク上のおしゃれな着こなしまで、森田さんが優しく丁寧にきものの世界を解説してくれる1冊。