きもの

きもので行きたい!東京の梅の名所

梅は大陸から古代日本に、薬として伝来しました。薬として用いるのはもちろん、人々はその美しさや芳香を愛でてきました。今となっては「春の花」というと桜の印象が強いですが、旧暦のちょうど正月頃に咲く梅は、春の花としての寵愛をほしいままにしました。

たとえば奈良時代に成立した『万葉集』には「梅花の宴」の章があり、梅についての34首の歌が収められています。「梅花の宴」とは大宰府の長官であった大伴旅人の邸宅で開かれた宴会で、参加者たちは梅を題材とした思い思いの歌を詠みます。

ところで、元号「令和」は『万葉集』の文章を基にしているといわれますが、それはちょうどこの「梅花の宴」の序文です。

 初春月、気淑風、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香

 初春のめでたい月、空気は清らかで風も穏やか、梅は鏡の前で白粉をつけた美人のように白く咲き、蘭は身に帯びた匂い袋のように薫っている。

この「令和」の世にこそ、「初春令月 気淑風和」のような日には、梅を愛でてみるのはいかがでしょう。

皇居東御苑(千代田区)

画像出典:宮内庁

江戸城の一部を整備し造営された皇居の附属庭園で、現在は無料で一般公開されています。

苑内には「梅林坂」という坂があり、文明10(1478)年、太田道灌が菅原道真を祀り、梅樹数百株を植えたことからこの名がついたといわれています。それにちなみ、現在も梅林坂の下から本丸方面にかけて50本ほどの梅が植えられています。

※太田道灌:室町時代中期の武将。関東一帯で勢力を持ち、江戸城を築城したことでも知られる。

画像出典:宮内庁
画像出典:宮内庁

所在地:
 〒100-0001 東京都千代田区千代田1-1
公式サイト:
 https://www.kunaicho.go.jp/event/higashigyoen/higashigyoen.html
 ※開園時間や休園日に関してはこちらでご確認ください。

湯島天満宮(文京区)

東京都文京区にある、学問の神様・菅原道真公を祀る「天満宮」の一社です。1355年に菅原道真公を勧請して以来、多くの学者や文人に崇敬されてきました。現在も、学業成就・合格祈願に多くの人が訪れます。

菅原道真公といえば、大宰府に左遷される際に詠んだ

東風吹かば にほひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ(春を忘るな)

という歌が有名ですが、そんな梅を愛した菅原道真公にちなみ、「天満宮」ではしばしば梅がモチーフとして用いられ、また境内に梅園があるところも多くなっています。

梅と絵馬。併せてお子さんや親戚、知人の方の学業成就祈願もオススメです。

所在地:
 〒113-0034 東京都文京区湯島3-30-1
公式サイト:
 https://www.yushimatenjin.or.jp

小石川後楽園(文京区)

画像提供:公益財団法人 東京都公園協会

江戸時代初期に水戸徳川家の初代藩主・徳川頼房、2代藩主・光圀(水戸黄門)によって造られました。江戸の大名庭園としては現存する最古の庭園で、特別史跡及び特別名勝として国の文化財に指定されています。

梅は「春告草(はるつげぐさ)」とも呼ばれ、桜と共に古くから日本人に親しまれてきました。小石川後楽園には約45品種、150本ほどの梅の木があり、冬から春にかけての長い間に様々な表情を見せてくれます。2026年2月7日(土)~3月1日(日)には 梅まつり「梅香る庭園へ」が開催され、期間中は伝統芸能の公演や書写体験、茶会などのイベントも催されます。

画像提供:公益財団法人 東京都公園協会
画像提供:公益財団法人 東京都公園協会 ※茶会の様子。

会期:
 梅まつり「梅香る庭園へ」2026年2月7日(土)~3月1日(日)
開園時間:
 9:00~17:00 ※最終入園 16:30
入園料:
 一般 300円 ほか
所在地:
 小石川後楽園 〒112-0004 東京都文京区後楽1-6-6
公式サイト:
 https://www.tokyo-park.or.jp/park/koishikawakorakuen/

亀戸天神社 (江東区)

学問の神様、菅原道真公(天神様)を祀る神社です。菅原道真公の子孫、大鳥居信祐公が寛文2年(1662)に九州の太宰府天満宮にならって建立。以来長く「下町の天神さま」として親しまれ、250本以上の梅が咲き誇る早春には、見物客で賑わいます。

「花の天神様」という別名もあり、梅はもちろんのこと、藤や菊など四季折々それぞれの風情をまといます。

所在地:
 〒136-0071 東京都江東区亀戸3-6-1
公式サイト:
 https://kameidotenjin-sha.jp

向島百花園(墨田区)

画像提供:公益財団法人 東京都公園協会

向島百花園は、江戸の町人文化が栄えた化政期(1804~30年)、骨董商だった佐原鞠塢(きくう)によって造られた庭園です。当時の文化人たちが集った屋敷は梅の名所として「新梅屋敷」や「花屋敷」と呼ばれ、人々にも親しまれるようになりました。

20品種以上の梅が植えられており、梅の様々な表情を楽しめます。また、見ごろに合わせ、梅花とともに江戸の文化を楽しむ催しも開催されます。俳句・和歌、江戸の大道芸、踊り、お茶会、観察・散策会などが催され、江戸の町人たちの気分に浸っていただけることでしょう。ご興味のある方は、以下のイベントページからご確認ください。

画像提供:公益財団法人 東京都公園協会
画像提供:公益財団法人 東京都公園協会 ※茶会の様子。

所在:
 〒131-0032 東京都墨田区東向島3-18-3
公式サイト:
 https://www.tokyo-park.or.jp/park/mukojima-hyakkaen

池上梅園(大田区)

画像提供:大田区

梅は大田区の「区の花」となっていますが、これは一帯が梅の名所であったことによります。

池上梅園はそんな梅林の一部をもとにして、大正以降に庭園として整えられ、現在は大田区の管理する庭園となっています。隣には池上本門寺をはじめとした神社仏閣が立ち並び、淑やかな街並みを形成しています。

梅が見頃の期間は池上梅園内の夜間ライトアップを実施、開園時間を20時まで延長します。(入園は19:30まで)

画像提供:大田区
画像提供:大田区

所在:
 〒146-0082 東京都大田区池上2-2-13
公式サイト:
 https://www.city.ota.tokyo.jp/shisetsu/park/ikegamibaien.html

おまけ:江戸の梅の名所

梅は花を楽しむのはもちろん、食品や飲み物として、また漢方薬としても用いられ、江戸時代の人々の生活に欠かせないものでした。そうした実用面での需要も相まって、梅は各地で盛んに生産されました。今も遠い存在ではありませんが、それの比にならないほど身近な存在であったことでしょう。実は用途に事欠かないうえに、美しさや香りも楽しめる、なんともお得な植物であります。

『江戸名所花暦』には、

・梅屋敷、亀戸天神、御嶽社(東京都江東区亀戸)
百花園(東京都墨田区東向島)
・駒込 鰻縄手(うなぎなわて、東京都文京区駒込)
・茅野天神(東京都港区 芝公園)
・麻布 宇米茶屋(うめがちゃや、東京都港区)
・麻布 竜土組屋鋪(りょうどくみやしき 、東京都港区六本木)
蒲田村(大田区)
・杉田村(神奈川県横浜市磯子区)

が名所として挙げられています。以下では、上の本編部分で取り上げたスポットと重なっているものの昔の姿をご紹介していきます。

亀戸の梅屋敷・亀戸天神

歌川広重『東都名所 亀戸梅屋舗全図』. 国立国会図書館デジタルコレクション [https://dl.ndl.go.jp/pid/1302535]

武蔵国葛飾郡亀戸村。江戸郊外の行楽地として人気を博しました。

今でいう亀戸のあたりには当時、呉服商・伊勢屋彦右衛門の別荘「清香庵」があり、その庭には見事な梅の木々が生えていました。この一帯が梅の名所として知られていましたが、特に庭園のなかを数十丈(約150m)にわたり枝が地中に入ったり出たりする一本の梅が名高く、評判を聞きつけこの地を訪れた水戸光圀は、まるで竜が臥しているようであると感嘆し、その木に「臥竜梅(がりゅうばい)」の名を与えたといいます。

明治43(1910)年の大雨による水害で「臥竜梅」をはじめ梅の木のほとんどが枯れてしまった梅屋敷は、明治末には閉園してしまいました。そんな往時の賑わいを偲ぶかのように、亀戸天神には今も梅の木が並びます。非常に多くの浮世絵に描かれていることからも、人々に非常に愛されていたことがわかります。

歌川広重『名所江戸百景 亀戸梅屋舗』. 国立国会図書館デジタルコレクション [https://dl.ndl.go.jp/pid/1303234]

この浮世絵は、それにインスパイアされたゴッホによって模写されたことでも知られています。

Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)
昇斎一景「東京三十六景 十三 亀井戸臥竜梅」. 東京都立図書館 TOKYOアーカイブ[https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00007749]
「臥竜梅」を描いた絵です。確かに体を伏せた竜のような力強さと躍動感があります。
歌川広重「江戸名所 亀戸梅屋鋪」. 東京都立図書館 TOKYOアーカイブ
https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00007921
初代歌川広重による作品。往時の賑わいが見て取れます。
小林清親「亀戸梅屋敷」国立国会図書館デジタルコレクション [https://dl.ndl.go.jp/pid/2605147]
明治時代に活躍した浮世絵師・画家の小林清親による作品。相変わらずの賑わいを見せています。時代が変われど人の心は同じなのでしょう。
楊洲周延「東京名所 亀井戸妙義」. 東京都立図書館 TOKYOアーカイブ[https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00010115]
明治後期の作品。早春の亀戸天神の様子。右には梅の木が描かれています。

百花園

北尾政美 画「隅田川楳屋圖」より作成。(画像出典:国書データベース [https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/200013715/] 国文学研究資料館 蔵)。
※梅園や秋の草花が描かれています。

武蔵国葛飾郡寺島村。江戸の郊外にあたります。

創設者である佐原鞠塢は仙台出身の商人で、文人たちから愛顧を受けて一代で財をなしました。のちに中之郷(東京都墨田区向島)に隠居。程近い旗本・多賀氏の屋敷3,000坪を購入し、庭園を開きます。ここに骨董屋時代のなじみであった文人たちがサロンのように集まりました。

当初は「新梅屋敷」「花屋敷」などと呼ばれましたが、「梅は百花に魁(さきが)けて咲く」という意味から、画家・酒井抱一によって「百花園」と名付けられたとも伝わります。

歌川広重(2世)『江戸名勝図会 百花園』. 東京都立図書館 TOKYOアーカイブ[https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00218810]
※この絵は梅の季節ではありませんが、往時の百花園の様子です。この頃から美しい草花を楽しむことのできる庭園として人々に親しまれていたようです。

蒲田村

歌川広重『名所江戸百景 蒲田の梅園』. 国立国会図書館デジタルコレクション [https://dl.ndl.go.jp/pid/1303231]

梅は大田区の「区の花」となっていますが、これは一帯が梅の名所であったことによります。『江戸花暦名所』には、

大森の右のかた、郊野に数多し。文政のはじめのころ、梅木堂和中散この後園、ならひに往還の両側へ梅樹五百本を植」とあります。

「梅木堂和中散」という薬屋が名木を集めて梅園をつくり、茶店を営業しました。「蒲田梅屋敷」とも呼ばれ、東海道を往来する旅人はもちろん、江戸の庶民の行楽地としても人気を博しました。大田区にある「聖蹟梅屋敷公園」がこの「蒲田梅屋敷」の跡とされます。

※「和中散」とは当時有名だった薬の名前で、腹痛や風邪、めまいなど色々なものに効く常備薬として、大森宿を通る東海道の旅人に売られていました。本店は滋賀にありましたが、大坂や、江戸の南にある大森宿にも店を構えていました。

歌川広重『東海道名所 大森』. 国立国会図書館デジタルコレクション [https://dl.ndl.go.jp/pid/1309479]
大森宿の「和中散」の店が描かれています。左奥の木々は梅でしょうか。

編集後記

梅は遠く万葉集の時代から人々に親しまれ、愛でられてきました。

当時と現代では、人を取り巻く何もかもが異なりますから、「古き良き日本の文化を取り戻すべきだ」とか「当時に立ち返るべきだ」などというつもりはありません。同様に、ただ形だけを真似して「梅花の宴」を開けばいいとか、「梅屋敷」に出かければいいとか、そういうことでもありません。

ただ、人や自然を取り巻く環境が如何に変化しようとも、木は枯れ花は萎れようとも、花の美しさそのものが失われることはありません。奈良時代の「梅花の宴」で歌を詠んだ官吏たち、梅を愛した江戸の町人。そこに共通していた「花を愛すること」、「時の移ろいに感じ入ること」、「自然を慈しむこと」のような「感性」は、現代を生きる私たちにとっても変わらず大切なもののはずです。

現代人は氾濫する情報の処理に追われ、何かを「感じる」余裕がなくなりがちです。このように敢えて昔の文化を掘り起こしてご紹介するのは、それが真似されるべきだからではなく、それが「『参考』になる」と思われるからです。あるいはきっと、当時と現代の変化、失われてしまったものすらも愛し、感じ入ることすらもできましょう。「もののあはれ」は千年経っても「もののあはれ」なればこそ、祇園精舎の鐘の声に耳を傾け、娑羅双樹の花の色を愛でる、そんな趣も「梅」にはあるのではないでしょうか。

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参考文献

・岡山鳥『江戸名所花暦』, 八坂書房,1994.3. 国立国会図書館デジタルコレクション [https://dl.ndl.go.jp/pid/13132181]
・鈴木淳(2007)「北尾政美 画 『隅田川楳屋図』を読む」
・吉海直人「新元号「令和」の出典について」, 同志社女子大学[https://www.dwc.doshisha.ac.jp/research/faculty_column/11198]

・Meiji.net「万葉集に由来する「令和」に込められた、時代にふさわしい願い」
[https://www.meiji.net/life/vol244_kenji-yamazaki]
・大田区「梅屋敷と和中散売薬所跡」[https://www.city.ota.tokyo.jp/shisetsu/rekishi/kamata/umeyashiki_wachuusanato.html]
・国文学研究資料館「『万葉集』巻五「梅花歌三十二首并序」」[https://www.nijl.ac.jp/koten/kokubun1000/1000aida.html]
・墨田区立図書館「佐原鞠塢」[https://www.library.sumida.tokyo.jp/contents?1&pid=3738]
・東京都立図書館「『江戸名所図会 2巻』より「大森和中散(おおもりわちゅうさん)」」[https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/portals/0/edo/tokyo_library/modal/index.html?d=5641]
・内閣府「元号について」[https://www.cao.go.jp/others/soumu/gengou/index.html]
・ユニークおおた「池上梅園」[https://unique-ota.city.ota.tokyo.jp/charm/life/plum_ikegamigarden/]

26.02.02
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